プロフィール

初めまして、「世界へと続く扉」をご覧頂き、ありがとうございます!

管理人のTatと申します。

 

海外や英語に興味を持っていらっしゃって、且つ少しでもこのブログに興味を持ってくださったなら幸いです。

以下に“簡易プロフィール”“英語が苦手だった自分がロシアで働くようになった経緯”を載せていますので、ご興味あればご覧くださいな!

 

 

簡易プロフィール

 

言語教育屋Tat

・英語指導暦10年目(2018年現在)

・学生時代は学校がそれほど好きではなく、英語の成績はいつも赤点ギリギリ

・大学受験に失敗し浪人。その後、大学生になり塾講師として働き、4回生でカナダに交換留学へ。

 

・カナダ留学中・留学後にTESL(母国語が英語ではない人への英語教授法)資格、英検準1級取得

・大学卒業後は日本の某大手英会話学校で講師として働くも、合わずに1年で退職

・退職後、世界一周。旅をしつつモロッコやフランスで働く

 

・その後、色々な縁がありロシアの英会話学校や大学で英語・日本語講師として働いたり、オーストラリアで10ヶ月バナナファームで働いたり、、、

・海外のハグ文化や精神的気楽さ・自由さが大好きでここ数年は1年の大半を海外で過ごしています

・お笑い・心理学・色々な国籍の人と話すことが大好きな関西人のヒゲめがね

 

2018年現在、プロファイリングによる「自分らしく自然体で生きる」及び「人間関係の問題解消」のサポートを行っています。

詳しくはこちら⇒プロファイリングに関するブログ『プロファイラーTat』

 

残念な高校時代

 

まず正直に白状しましょう!!

 

僕は大学受験をするまで英語が大嫌いでしたし、めちゃくちゃ苦手でした!!!

 

「日本人なんやから英語なんて勉強する必要ないやん」

とか

「英単語なんて覚えても使う機会ないし、何かよく分からへんわ」

って本気で思っていました。

 

よく聞きますよね、英語が出来ない子達が言うこのセリフ笑

僕ももれなく“英語が出来ない子供”だったんです。

 

高校三年生の夏休みに人生初の”“という場所に行くまで単語帳の存在すら知らなかったですし、英語のテストで50点以上取った記憶があまり無い、、、それでも無駄にプライドだけ高くて”周りより自分の方が賢い”なんて思っていたアホの子でした。

 

 

適当に日々を過ごしていた当時の僕は、流石に無勉強では大学受験に失敗するかも、、、と思い高校3年生の6月頃、人生で初めての塾へ通い始めたんです。(遅い!)

それまでまともに勉強をしてこなかった僕がいきなり塾に行ってもいきなり成績が上がるハズはありませんよね。

 

とある個別指導塾に通ったのですが、最初は高校1年生の文法から勉強しなおしました。

それでも分からないことだらけ。何で自分のことを賢いと思っていたのか今考えても不思議です、本当に、、、

 

 

動力源は下心

 

ただ、この個別指導塾に通い始めた事は僕にとって幸運でした。

 

このとある有名な塾の最大の特徴担当指名制だったのです

担当指名制とは、最初に色々な先生に個別で授業をしてもらい、その後各教科を担当して欲しい先生を自分でそれぞれの指名出来るというものです。

 

その当時の僕が英語の担当をお願いしたのが女優の永作博美似の、すぐ顔が真っ赤になる小さくて可愛らしい先生でした!

いや、本当に可愛らしい先生で(もういいって)

 

その先生に褒められたいが為に1週間に100個単語を覚え、制限時間15分の長文を10分以内で解いたりしていました。

 

まぁ良くある話なんですが、幼い頃に親が離婚してから家の事や兄弟の面倒などが生活の中心になってしまっていた僕はその当時、いつの間にか人との距離感が段々分からなくなっていたんです。

周りはみんな幼い“だとか”助けてくれる人は居ない“だなんて思う思春期真っ盛りに突入していたんですねー。お恥ずかしい。

 

そんな、人からの愛情に酷く飢えていた時期に、仕事とは言えその英語の先生が熱心に沢山の愛情を注いでくれたおかげで精神的にも前向きになり、一番嫌いだった英語がいつの間にか一番の得意科目になっていました。

 

今思えばこれが人生で一番最初の、他の人から大きな影響を貰った瞬間でした。

 

 

 

大学入試で全落ち、浪人確定

 

さぁ、そんなこんなで個別指導塾に通い始めて8ヶ月後。

いよいよ大学受験本番!!

最初の頃とは見違える程成績もあがり、自信も付き、やれることはやった!と胸を張って言えていました!!!

 

、、、、、が、結果は全落ち

まさかの滑り止めですら滑るという目も当てられない状況。

 

 

 

まぁそうは言っても、特に夢や目標は無いけれど“なんとなく、大学には行きたい”なんて思っていたので、6月に予備校へ。

それからは、まぁよくある「1日14時間勉強した」とか「逃げ道を全て塞いだ」とかをしましたよ。

色々重なって二ヶ月泣き続けたり自殺しようとしたりもしましたけど、あんまり面白いお話では無いので割愛。

 

 

んで1年後、無事志望校へ合格。

前年に落ちた滑り止めの大学で特待生枠を貰えるほど点数を取りましたけど、まぁそれも割愛。

 

この時点で英語は得意になっていましたが、特にやりたい事がある訳でもなく取り敢えず大学生になりました。

 

 

 

“意識高い系大学生”から”本当に将来を意識する大学生”に

 

人生には本当に色々な縁があると思います。

大学生になってすぐ、とある変わった友人に出会いました。

 

地元で一番偏差値の高い高校を中退し、16~17歳でありながら2年間一人で世界中を放浪してから高認取得⇒大学入学したという面白い奴。

他の同い年の学生とは見えている世界が違っていて、どこか幼いのに自分には全く無い視点を持っているその友人と直ぐに意気投合し、一緒に英語の講義を沢山取りました。

 

既に結構英語を話せるその友人に負けてられないと、もっと英語の勉強をしました。

入学と同時にお世話になっていた個別指導の塾でアルバイト講師として働かせて貰っていたので、仕事として生徒に英語を教えることで更に英語力を上げられました

 

 

この友人に英語、そして世界に目を向けさせて貰えたのが人生で2番目に大きな影響を貰った瞬間でした。

 

 

 

、、、、、、が、ここまでは正直その辺に居る“意識高い系大学生”と同じです。

別に特別でもなんでもないでしょう。

 

 

僕の意識が本当の意味で変わったのは大学2回生の時。

入学当初からずっとドイツ語の講義を取り続けていたのですが、そのドイツ語の先生(日本人)がいつもニコニコしながら、まぁ楽しそうに講義を進める訳ですよ。

少人数だったのもあってか、親しげに「どう?ドイツ語なんてとっても簡単でしょ??」と常に楽しんで仕事をされていました。

 

アルバイトとはいえ講師として働いていた僕は、講義中にふとその先生に自分を重ねてみたのです。

自分が、同じように大学で楽しそうに授業する姿を。

 

今でもその瞬間は鮮明に覚えています。

鼓動が高まり、何とも言えない高揚感に包まれ

「これや、、、、!!!」

と確信した瞬間を。

 

 

そこから僕の目標は

英語が得意
大学で講師として働きたい

大学の英語講師として働く

 

になりました。

 

一度”自分が進みたい道”を見つけられると、「こんなに生きやすくなるのか!!」と思うぐらい精神的に楽になったんです。

時間が掛かっても、その目標に向かって進めばいつか着けると確信していましたから。

 

その後、目標に近づく為に更に自分の英語力向上に力を入れました。

 

 

“正しい文法”で喋べる外国人の日本語は不自然でしょ?それと同じ

 

人生の目標が決まって努力する道が見えた頃、ありがたい事にカナダVictoriaという場所に留学するチャンスに恵まれました。

1年間の留学予定だったものの経済的な理由で半年で帰国しましたが、それでも本当に素晴らしい機会を貰いました。

 

先々の目標が英語の大学講師という事もあり、「他の人と同じことをしてるだけじゃあかん!!」と思ってカナダでTESOL(英語が母国語ではない人に英語を教える資格)のコースを個人的に受けてその資格を取得したんです。

月~金は大学の授業があり、土日のTESOLコースは1日8時間以上ネイティブに囲まれて、英語の勉強し過ぎで頭がおかしくなるんちゃうか、、、と思うぐらい大変でしたけどね。笑

 

英語と言えば、日本で勉強した英文法や語彙力は勿論留学時に役立ちました。

、、、が、カナダのホームステイ先で言われた、とある衝撃の言葉を今でも鮮明に覚えています。

 

何かTatは辞書みたいな話し方をするね

 

、、、、、、えぇぇえぇえぇ!!???

それまでは「これが正しい英語の文法だ!」「ちゃんとした文章にしなさい!」という風に日本で勉強していた英語が、実際喋べる段階になると不自然なものだというのです。

 

確かに外国人が「私はジョンです。私はカナダから来ました。アニメとマンガとトマトと焼肉が好きです。よろしくお願いします」みたいな話し方をずっとしていたら、日本語の文法的には間違っていないけど自然な会話ではないですよね。

それと同じ事が英語にもある訳です。

 

英語が堪能な方は「そんなん当たり前やろー笑」なんて思うでしょうが、当時“日本の”大学“日本の”英会話学校(先生はアメリカ人でしたが)で勉強していた僕はそんな事は欠片も想像してなくて、かなりの衝撃でした。

同時にそりゃあ多くの日本人は英語を話す事が出来ないなと強く思った記憶があります。

 

そこからアカデミックな英語の知識や英語のティーチングスキルはもちろん、スピーキング・リスニングにも一層力を入れて海外で通じる英語力を身につけました。

 

もし貴方が英語に興味があるなら一度は英語圏に行ってみて下さい。

そして僕と同じように固定観念を壊して欲しいです。

 

この固定観念を壊せてからがようやく実践的な英語のスタートラインなのですから。

 

 

英会話講師から旅人への華麗なるジョブチェンジ

 

そして留学から帰国後、英会話学校に就職しました。

・着任してから退職するまでずっと挨拶を無視する先輩が居たり
・学校内で自分だけが男性であったり
・通常授業の他に常に授業契約のノルマを達成しなければならなかったりと
・昼の2時始業で仕事終わりが夜中の1時だったり

、、、と、社会勉強が沢山出来たのは良い経験でしたが、同時に日本で働くことや生活することに息苦しさを覚えて丁度1年で退職しました。

 

辞めた直後の4月。

日本で再就職する気が無かったのと、日本で生活する事が息苦しかったのと、その年の9月にフランスに住む友人が向こうで結婚式を挙げるというのを聞いて、

 

「よし、世界一周でもするか!」

 

と思い、その年の6月に旅に出ました。

しんどいなーと思いながら仕事している時にテレビで見た、世界一周や自由に生きるという事に興味を持っていたのも理由の一つです。

 

9月末にフランスに行くこと以外は一切予定の無い旅。

それはそれは面白おかしい、楽しくて仕方がない旅でした。

 

でも、旅に出る直前の心境は不安や葛藤で一杯でした。

自分で決めたにも関わらず、「周りの同い年の人は働いてるのに」とか「1人で放浪して何か危ない事に巻き込まれたりするかもしれない」とか「旅から帰ってきた後の仕事はどうするの?将来どうなってしまう?」なんていう不安でいっぱい。

 

本当は仕事辞めた後すぐの5月に出発する予定だったのが決心が付かず6月に延期したり。

大学でお世話になっていた英語の先生に会いに行って話を聞いて貰ったりしました。

 

でも、海外経験があったり、自分の意思で自分の人生を選択している人ほど、

「自分がやってみたいと思う事をやってみたら良い。なんとでもなる。」と言ってくれました。

 

そうして不安や葛藤を持ったまま、怖いと思う気持ちで一杯のまま、まず始めの第一歩。

世界一周の最初の目的地の韓国に到着した時、目的も無く日本から出た時に初めて心から自由を感じられたんです。

 

それからは色んな国々で一緒に居たい人と時間を過ごして、風の向くまま気の向くまま放浪して。

空港や外で寝る事も多々ありましたがそれも全て良い経験でした。

 

そんなこんなで旅をしていましたが、旅の最中にタイに立ち寄った際に色んな御縁があり、ロシア人の恋人が出来ました。

その後ややあって、彼女が招待してくれることになったのでロシアへ訪れました

 

 

家族や友達に「あんな危険な所に行くなんてアホちゃうか!」と何度も言われましたよ笑

 

 

でもロシアも世界一周も一緒です。

実際に行ったことが無い人だけが「危険だ!」「行かない方が良い!」なんて言うのです。

 

 

ロシアに実際に行ってみたら、言語や環境、文化が違うだけで日本と変わりませんよ。

だって”人が住んでいる所“に行くんですもの。

 

 

 

“出来るからやる”んじゃなくて”やるから出来るようになる”

 

まぁそうしてロシアに行ったのですが、やる事も無いですしやはり働きたい。

実はあらかじめそのロシアの訪れる街にあるいくつかの英会話学校にメールで働きたい旨を伝えていて、一つだけ返信してくれた学校のボスとSkypeで面接をして貰っていたのです!

よっ、用意周到!

 

実際に街についてからその学校を訪れ、面談やテストを行い契約を交わしました。

英語が話せる事講師経験があったことが幸いし無事にその英会話学校で働けることになったのです。

 

 

そして英語を学ぶロシア人の生徒達のクラスにゲストとして招待されてディベートや日本の文化紹介をしたり、日本語のクラスを新設してもらって担当させて貰ったりしたんですが、当時僕は日本語を教えるスキルや知識なんて持っていませんでした。

“外国人に教えるための日本語”なんて勉強したことが無い上に、日本語の文法を全て英語で教えなければいけない状況

 

 

でも人間何とか出来るもんです!

 

必死にネットやYoutubeや本から情報を集め、出来る限り日本語の文法というものを噛み砕きつつ論理的に説明出来るように纏める!!

絵も書いたほうが良い!!

退屈しないように実際の日本のニュースとかゲームも取り入れる!!!

などなど、少しずつ試行錯誤しながら形にしていきました。

 

 

行動に移す前は恐怖を感じてしまいますが一旦やってみると何とか頑張れるものです。

 

日本語講師としてのスキルがあるから日本語講師として働く、のではなく

日本語講師として働くから日本語を教えるスキルを得られた、ということですね。

 

出来るからやるのではなく、やってみたから出来るようになったんです。

そうして今では日本語講師としての顔も持つようになりました。

 

あ、因みになんですが、ロシアに居る時には

公立の学校の日本語クラブの新設に携わさせて貰ったり
図書館公立の学校に招待して貰って日本語イベントを開いたり
現地のテレビ局や新聞記者にインタビューして貰ったり
大学で日本語コースを担当したり

なんかもしました。

 

ロシアでは日本のアニメ・漫画が大人気で日本語の需要も結構あります。

僕が日本語を教えている街はそれほど観光地ではないので僕しか日本人が居らず、色んな所からお声を掛けて貰えています。

 

海外で活動したいと思っている貴方、ロシアは意外とチャンスが転がっていますよ!

 

出来るからやるんじゃなくて、やるから出来るようになるんですよ!

 

 

現在

 

とまぁ長くなりましたが、そんなこんなで現在は日本とロシアを行き来しています。

 

・英語を話せるようになる事
・日本語を教えてお金を頂けるようになる事
・息苦しい日本から脱出する事
・世界を旅する事

一見異なるように見えて、これら全て「自由に生きる事」に基づく物なのです。

 

どれか一つでも興味を持ってもらえて貴方のお役に立てるなら嬉しいですし、そんな貴方の為にこのブログを通して情報発信して行きます。

 

 

ここまで見て頂き、ありがとうございました。

学習相談、英語に関しての質問、海外や旅の事に関してなど、もし何かお役に立てる事があればいつでもお気軽にご連絡下さいね。