拝啓、生きている実感が湧かないあなたへ

 

以下、ネガティブな内容を多分に含んでおりますので、苦手な方は他のページへどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

普段、ブログで極力明るいことや役に立つ(だろうと思われる)ことばかりを書いているのは何も常に生活が充実している訳ではなく、ご縁があって僕が作成した記事を見て下さる方が少しでも気分が良くなったり、その人の生活に何かしら良い変化があればと思い書いているのです。

海外にしょっちゅう行って自由に生きているから充実しているように見えますか?いつも自信を持って、芯を持っている態度に見えますか?それはそうでしょう。僕が自信をなくしているなんて、僕と相対してくれる子供達や色んな人達に失礼ですもの。

でも、やはりまだまだ常に襲い来る不安感には勝てなくて。「生きている」んじゃなくて「死んでいない」だけであって。何も変化を感じない中で、焦りばかりが募って。

いつからでしょうかね。起きている間中涙が出るのが2ヶ月程続いた時からでしょうか?ベランダに靴を揃えた時からでしょうか。それともあの時からでしょうかね。

 

ずーーっとこういう痛みは残りますよね。でも、それはそれで良いんじゃないですかね。綺麗ごとを言うつもりはありません。苦しいものは苦しい。

それを自覚して自認したら、後は「アホか!」と言いつつにやりと笑ってしまえば良いんですよ。しんどい時こそ笑えってやつです。

精神的にしんどい時は、楽な姿勢で時が過ぎるのを待てば良いんですよ。風邪と一緒です。何度もぶり返しますけど全部一過性のもんじゃないですかね。嫌になるほど何度も何度も来ますけどね。

 

たまにスイッチが入って気分が高揚する時がありますが、やはりそのスイッチは人か音楽じゃないかなーと思います。

いつだって転換期には人が関わっています。日常的に人と関わっていてもしんどい状態なんていくらでもありますが、居場所が無かったり居心地が悪かったり不安が黒い塊になって胸の中で蠢いたりする時はいつも孤独な時です。

人と会っていても、何かしら楽しいことをしていても、何も感じないのは自分からそうしようとしているからのようです。

解決策は単純です。「意欲的に頑張る」だとか「○○で一発解決!」なんて都合のいいものはありませんよ?

恐らく、解決策は「楽しもうとする意思」です。単純明快。

 

「そんなもんで解決する訳ないやろ」、ですか?まぁそうでしょうね。

でも恐らく他に解決策はないようですよ。あったら教えて下さいね?一緒にノーベル賞を受賞しましょう。

 

外的環境は良い方にも悪い方にも変化しないんです。

ただ、そこの状態がそうであるだけ。それをどう受け取るかが良い・悪いの判断結果になっているだけ。

だからどう頑張ったって外的環境は変化しないんですよ。受け取る側の心理状況が変化するだけで、物が変化したってただの物なんです。

 

じゃあ単純に、外的環境が変化しなくても受け取る側の心理状況が変化すれば、状況は良くも悪くもなりません?

その良い方への心理変化が「楽しもうとする意思」じゃないですかね。知りませんけど。

 

徹夜明けのまま勢いで書いている記事に信憑性なんて求めないで下さいな。世の中には他に幾らでも綺麗な言葉で紡いであって、励ましの言葉に溢れた文章があります。

また次から見て下さる人に楽しんで貰えるような記事を書いていきますよ。だから、まぁたまにゃあこんな文章も良いでしょう?苦味も味ですよ。

 

勢いのまま書いたこの文章。
意味もオチもありませんが、もしここまで読んで下さった物好きな方がいらっしゃるのなら、ありがとさんです。

 

 


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